マーケティング爺のひとりごと

外資系7社でチューインガムから抗癌剤までのマーケティングを生業としていた引退老人です。使えそうなデータや分析、気になった出来事、思い出、日々思うことなどをボケ防止のため綴っています。にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
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2024年05月

最近はニュースとゴルフ番組以外はテレビを見ることがない。しょもないバラエティ、クイズ番組、旅番組、食べ歩き番組には食傷気味だ。同じような顔ぶればかりだし、半分以上は知らないタレントだ。それも才能がありそうには見えない、場数を踏んで慣れだけで一丁前の顔をしている連中だ。

コロナ以降ネットに喰われっぱなしのテレビ業界は製作費の大幅な削減を強いられ、ギャラの安いタレントの出番が増えた。地上波もひどいがBS放送はさらに酷い。出演者のほとんどが物故者のドラマ(特に時代劇)、何度目かの再放送映画、韓国ドラマ、懐メロ番組、そして一番多いのが通販・物販番組だ。

地上波も最近では名の知れた芸人をMCに使って食品や日用品を通販番組で売っているが、BSの通販番組は家電、健康器具、衣料品、日用品、化粧品、サプリメントと多岐にわたり、サプリなどは薬機法(旧薬事法)を無視したような表現が満載だ。番組スタイルはMCと2~3人のガヤ芸人、メーカーの担当者とほぼ昔と同じだ。調理家電や包丁などはカタカナ名をつけた物売りタレントがMCを務めたりする。以前は通販番組といえば落ち目の芸人や歌手が出てきたが最近やたら目立つのは中野珠子というタレントだ。
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以前はリポーターをやっていたと記憶しているが、今では節操なくいろんなものを売る物売り芸人みたいだ。化粧品、サプリ、ヘアカラー、補正下着、梅干し、青汁、ごま油にごま煎餅、スマートウォッチ、紳士ベルト、ストレッチマット、電動工具、尿漏れ用パンツなどなど、BSやCSテレビをつけると必ずといっていいくらい彼女に当たる。二年くらい前はたまにだったが最近はすごい出演数だ。通販MCのポジションを確保したのだろうが、最近は多忙のせいか表情に疲れが見える。感じが悪い人ではないのだがこれだけ出ていると「またかよ~、もういいよ」と思う。以前は気にならなかった体を上下に揺らしながらの話す姿も気になり始めた。

昔広告代理店でメディアプランナーをしている時、広告出稿時の接触回数分析というのがあった。視聴者に何回CMを見せるのが効果的、かつ効率的かというものだ。Three-hit theoryという説があり、広告は3回目から有効だというものだった。たくさんの回数を見せればよいというものでもなく、何十回も同じ広告を見れば飽きられるし、認知率も上がらないので効率的ではなくなる(効果は逓減するが広告費は1回目も30回目の同じだけかかるから効率は悪化する)。だから当時は3回から10回を適正接触頻度とし、この回数の接触者(Effective Reach)を最大化するメディア計画を作っていた。

同様に通販番組もMCも広告物である。何度も同じものを見せられれば視聴者の関心は薄れ、商品もMCも飽きられる運命にある。通販番組で扱う商品は競合品と比べて大きな差を持つものはほぼ無いし、MCも余程の才能がある人を除いてやがて飽きられ淘汰される。数年前まで通販番組に出ていたが最近お目にかからないタレントは大勢いる。大昔にも物売りタレントはいたが、泉大助はナショナル(現パナソニック)専属だったし、押坂忍は東芝と守備範囲を絞っていた。今のように仕事であればなんでも売るというスタンスではなかった。クライアントもキャスティングにもっと留意すべきだし、所属事務所も稼げるときに稼ごうだけと考えるだけでなく、サラリーマンの生涯キャッシュフロー的な発想があってもしかるべきではなかろうか。

私は外資系企業でしか働いたことがありませんが、英語は得意ではありません。6回の転職を経験しましたが(採用されたら上司となる)外人さんとの採用面談はいつも不安でした。面談の後の食事がたまにあるのですが、これははもっと苦手でした。こちら側もある程度は仕事以外の話を英語でしなければならないからです。

日本で何年か過ごした外人さんの多くは日本人の曖昧さやはっきりしない態度に少しうんざりしています。なぜもっと明快に答えを言わないんだと思っている人が結構多い。それに対して、これは日本語の曖昧さに原因があり、日本人が農耕民族であることが大きな理由であると、面接後の夕食の場で説明したことがあります。つたない英語でこんなことを話しました。

日本人は農耕民族です。数千年以上も農耕で生きてきました。農耕は部落全体で同じ作業をします。春には村全員で田植えをします。何時間も腰をかがめる辛い作業です。誰かが辛いとか疲れた感じる時は他の人も辛い・疲れたと感じる時です。「I am tired」と言う必要はなく「Tired」で十分です。皆が同じ感情を共有しているからです。真夏に雑草駆除をするときも同様です。全員で同じ作業をします。この時にも「暑いね」だけで十分です。全員が暑いと思っているからです。だから農耕民族である日本人は大抵の会話でIとかYouとかHeの主語を使いません。あなた方は恋人に「I love you」と言うでしょうが我々は「Love(愛してるよ)」だけです。それで十分通じます。S⁺V⁺OのVだけで事足りるのです。

一方あなた方は狩猟民族に属します。動物を捕らえて生きてきました。狩猟も共同作業です。ただ役割分担が必要です。私は獲物の後ろから追い立てる。ジョンは左後方から、マイクは右後方から音を立てながら追い立ててくれ。そして前もって掘って枯草で蓋をした穴に誘導して獲物を落とすんだ、と言う感じですね。この作業では各人の役割が明確に決められなければ遂行できません。必然的にI、You、He、Sheの主語が必要になります。集団の言語と個人の言語。ここが両民族の言語の一番の違いではないでしょうか。

長い間ほとんど主語なしで通用する言語で物事を考えてきた民族と、SVOが揃わなければ成立しない言語で考えてきた民族の思考方法が異なって当然です。阿吽の呼吸とか以心伝心などと言う言葉は狩猟民族の国にはないでしょう。日本は農耕民族でかつ世界で最もHomogeneousな国だから余分なことは言わなくても通じるということなのです。

こんなことを話すと外人さんは、そんな視点で考えたことはなかったと少し理解したような顔をします。分かってくれたかどうかは別にして。

日本語の曖昧さの理由は他にもあるんですけどね。柔軟性がありすぎて明確な定義をしないまま外国の言葉を簡単に取り入れすぎること(カタカナ語の多いこと!)や、言葉の定義を明確にしないまま新語を作ることなどです。こうして日本語はますます曖昧になっていきます。来日した外人さんが最初に覚えて重宝するのが「どうも!」だと聞いて驚いたことがありました。確かに「サンキュー」にも「コンニチハ」にも「サヨナラ」にも使えて便利ではあります。最近も「やばいよ」が否定的にも肯定的にも使われていると知って、この先日本人と日本語は大丈夫だろうかと後期高齢者は思ったところです。

今週からNHKで「老害の人」というドラマが始まる。義理の息子に社長の座を譲って引退した老人が突然会社に現れて社員に自慢話や昔話をするというのが第一話らしい。老人は見たくもないだろうし、誰が想定視聴者かよくわからないドラマだが、内館牧子の老後小説のドラマ化第三弾とのこと。働いている時は老害など気にもならなかったが、引退して地域のコミュニティや集会に顔を出すと気になる老害老人を何人か見かける。
2024-04-30
一般的に老害とは、社会や企業の中で年齢や経験を盾に実権を握り続けたり、周囲の意見を聞き入れずに周りに迷惑をかける高齢者と言われる。企業では定年があるし、多くの会社では役職定年制も採用されているので、一部の同族会社以外では権力を持ち続けられる老人はほぼいない。問題はそうした老人が引退して地域やコミュニティ、ボランティア活動の団体に参画した時に見られる。マンションの総会や自治会の会合でやたら発言する老人は大抵このタイプだ。

本人は自分の経験や知見が役に立つと思っているし、確かに有益な意見もないではない。ただ彼らが現役で活躍した時から20年くらい経っているので、社会や住民意識はかなり変化していると思われるが、その点を考える人は少ない。発言のしかたにも問題があることもある。自分だけが分っている、という感じで話すからだ。特に大会社で役員や上級職の経験がある人に多いような気がする。

私が観察した老害の特徴は下記のようなものだ。自分でもこの傾向に陥ることもありそうなのでたいしたことは言えないが、自戒の念を込めて。
①自分の経験や体験、特に成功体験を語りたがるし、重きを置く。
②逆に失敗体験したことやものを極力回避しようとする。羹に懲りて膾を吹く、ですね。
③物事を多面的に見られなくなる。複眼思考が苦手というか、できない。
④反論されると感情的になる。声を荒げることもある。間違いを認めようとしない。
⑤若い人に対して上から目線で話す。
⑥話が長い、くどい。

つまり経験は豊富だが、思考に柔軟性がなくなり始め、自分は正しいと信じるプライドの高い人が老害になりやすいのかも。そういう人に近づかない、話をスルーするという手もあるが、そうばかりもいかない。対応策として考えられるのは、

①ちょっと我慢をして、まず話を聞く。長いことが多いので大変かも。
②経験に裏打ちされた良い点もあるのでそこは受け入れる。
③反論するときは否定語から入るのではなく、発言者の意見をまず肯定しておいて、次にこれを加えたら、この部分を変えたらもっと良い案になるとかの代替案を提示する。
④一般論が多い場合は、具体的な提案に落とし込んだ実行案はどんなものになるかを問う。
⑤視点を変換させる提案をする。「相手から見たらこの案はどう映るでしょうか」「現状を改革するには良いアイデアだとは思いますが、30年後のことを考えるとどのように変えたらいいでしょうか」
⑥「さすがですね、その考えは思いつかなかったです」と褒め殺す。

ドラマでは老害に対してどう対応するか見ものではある。

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