三人娘と聞いてまず思い出すのは子供の頃に人気のあった美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人の歌手だ。三人とも歌唱力があり人気者だった。元祖三人娘と呼ばれている。その中で一番バタ臭い(死語だ)雪村いづみが好きで「スワニー」や「オーマイパパ」が記憶に残っている。口を大きく開けて声高らかに歌う歌手だった。江利チエミもそうだが、英語の発音も素晴らしいが彼女らが歌う日本語は発音が明晰で言葉として美しかった。三人は1937年生まれの同い年で現在は雪村いづみだけが存命で今でも歌手活動を続けている。何本かの映画に三人一緒に出演し、近所の映画館新郊劇場まで見にいったことがある。子供の入館料はたしか30円だった。
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ひばり、チエミ、いづみの三人娘の最初の映画「ジャンケン娘」(1955年)の前年に始まったNHKラジオの「ヤン坊ニン坊トン坊」で兄弟を演じた里見京子、横山道代、黒柳徹子を初代三人娘と呼ぶ説もあるようだが、当時熱心に電蓄にかじりついて毎回番組を聞いていた自分には彼女らが三人娘と呼ばれていた記憶はない。これは役どころが子供役かつ男の三兄弟役で娘とは呼びにくく、多分後年誰かがこじつけたものと思われる。

私の世代の三人娘と言えば中尾ミエ、伊東ゆかり、園まりのナベプロ三人娘だ。ほぼ同世代だしデビュー時代をはっきり覚えている。当時のポップスはアメリカのヒット曲を日本語に訳したものがほとんどだった。中尾ミエはデビュー作であるコニー・フランシスの「可愛いベイビー」が大ヒットし、朝日新聞夕刊で「恐るべき16歳」の見出しで紹介された記事が目に残っている。伊東ゆかりはちょっとすっぱいような表情でジョニー・ホッジスの「恋の売り込み」やリトル・エヴァの「ロコモーション」を歌っていた。
2024-02-06
この三人娘は最初は1962年開始の「森永スパークショー」のなかでスパーク3人娘として登場したが、その時は中尾ミエ、伊東ゆかりと沢リリ子の3人だった。沢リリ子も人気が出かけた歌手で、多分テレビドラマの主題歌だったと思うが、「You You You, Funky Styleの She is wonderful 素敵なお嬢さん」とパンチのある声と歌は今でも憶えていて唄える。ただ事務所が渡辺プロではなかったので同じナベプロの園まりに入れ替わってしまった。

この頃の三人娘は中尾ミエの「可愛いベイビー」以外にヒットはない。伊東ゆかりが「小指の思い出」で大ヒットを出すのは5年後だし、園まりの「逢いたくて逢いたくて」は4年後だ。中尾ミエは「可愛いベイビー」のたった1曲のヒットでその後60年芸能界で生き延びている稀有な例だ。

その前後にも男性ではロカビリー三人男、御三家、新御三家、たのきんトリオ、女性では日活三人娘、花の中三トリオ、新三人娘など三人ひとくくりにして語られる役者や歌手が誕生した。よほど日本人は三人が好きなようだ。これは売り込みをかける事務所やタレントにとっても話題作りや、一人では期待できないが三人が醸成する相乗効果を産み出すという利点もあるのだろう。それにしても当時のナベプロ三人娘の若いこと!園まりが亡くなってしまったのは残念です。


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