子供のころからアメリカのポップスが好きでラジオでニール・セダカやポール・アンカを聞いていた。英語はよくわからなかった。やがてフジテレビが「ザ・ヒットパレード」を放映しはじめ、その後も「明治屋マイマイショー」や「森永スパークショー」と続いた。それらの番組で歌われたほとんどの曲は洋楽のカバー曲でアメリカで流行っているポップスを和訳したものだった。
当時アメリカンポップスを唄っていたのは飯田久彦、ミッキーカーチス、ザ・ピーナッツ、森山加代子などでグループで歌っていたのは伊藤素道とリリオリズムエアーズくらいだった。そんなときにパラキンが現れた。最初のヒット曲はグループを抜けた水原弘の後釜で加入した坂本九が歌った「悲しき六十才」だった。その2か月後には「ビキニスタイルのお嬢さん(石川進)」と「ステキなタイミング(坂本九)」のカップリングでヒットを飛ばし、その後も1ヶ月か2ヶ月間隔で新曲を出すという、今では信じられないペースだった。翌1961年には11枚ものシングルを出した後、「上を向いて歩こう」のヒットを出した坂本九が独立した。62年にはキューピーの愛称でグループ1の人気者だった石川進も独立し、代わりに九重佑三子が加入した。

翌年フォーシ―ズンズのカバー曲「シェリー」がヒットし、7枚のシングルが発売された。この頃がグループの最盛期だったような気がする。紅白歌合戦にも出場したし、「明治屋マイマイショー」やNHKの「若い季節」「夢で逢いましょう」に毎週のように出演していた。翌64年には九重も独立し、毎年のようにボーカリストが変わり昔のファンが離れていった。メンバーの入れ替わりが激しいグループではあったが、それだけスターを産み出したということだと思う。ボーカルは変わったがスティールギターのダニー飯田、ギターとボーカルの佐野修、同じく上野保夫、ベースの石田智、ボーカルとウクレレの増田多夢は当時の不動のメンバーだった。私がコンサートに行った時のドラムスは後にジャズドラマーとして活躍するジョージ大塚だった。
60年代後半からはヒットにも恵まれず、東芝からクラウンレコードに変わってからはポップスから歌謡曲路線に切り替わった。メンバーの離脱も進みオリジナルメンバーはダニー飯田と佐野修だけになり、かつての人気グループも存在感は希薄になった。離脱した増田多夢は91年に亡くなり、リーダーだったダニー飯田が1999年に亡くなってパラダイスキングは解散となった。
中学から高校の時期にレコードを集めて聞いていたパラキンだったが、在籍していた水原弘、坂本九、ダニー飯田、石川進、増田多夢、ジョージ大塚、みんな鬼籍に入ってしまった。あれから60年年経っているのだから仕方がないのだけどね。人気グループではあったが今思うと全員が素人っぽくて、ガツガツしていなくて、懐かしき良き時代の歌手たちだったのだと思う。
当時アメリカンポップスを唄っていたのは飯田久彦、ミッキーカーチス、ザ・ピーナッツ、森山加代子などでグループで歌っていたのは伊藤素道とリリオリズムエアーズくらいだった。そんなときにパラキンが現れた。最初のヒット曲はグループを抜けた水原弘の後釜で加入した坂本九が歌った「悲しき六十才」だった。その2か月後には「ビキニスタイルのお嬢さん(石川進)」と「ステキなタイミング(坂本九)」のカップリングでヒットを飛ばし、その後も1ヶ月か2ヶ月間隔で新曲を出すという、今では信じられないペースだった。翌1961年には11枚ものシングルを出した後、「上を向いて歩こう」のヒットを出した坂本九が独立した。62年にはキューピーの愛称でグループ1の人気者だった石川進も独立し、代わりに九重佑三子が加入した。

翌年フォーシ―ズンズのカバー曲「シェリー」がヒットし、7枚のシングルが発売された。この頃がグループの最盛期だったような気がする。紅白歌合戦にも出場したし、「明治屋マイマイショー」やNHKの「若い季節」「夢で逢いましょう」に毎週のように出演していた。翌64年には九重も独立し、毎年のようにボーカリストが変わり昔のファンが離れていった。メンバーの入れ替わりが激しいグループではあったが、それだけスターを産み出したということだと思う。ボーカルは変わったがスティールギターのダニー飯田、ギターとボーカルの佐野修、同じく上野保夫、ベースの石田智、ボーカルとウクレレの増田多夢は当時の不動のメンバーだった。私がコンサートに行った時のドラムスは後にジャズドラマーとして活躍するジョージ大塚だった。
60年代後半からはヒットにも恵まれず、東芝からクラウンレコードに変わってからはポップスから歌謡曲路線に切り替わった。メンバーの離脱も進みオリジナルメンバーはダニー飯田と佐野修だけになり、かつての人気グループも存在感は希薄になった。離脱した増田多夢は91年に亡くなり、リーダーだったダニー飯田が1999年に亡くなってパラダイスキングは解散となった。
中学から高校の時期にレコードを集めて聞いていたパラキンだったが、在籍していた水原弘、坂本九、ダニー飯田、石川進、増田多夢、ジョージ大塚、みんな鬼籍に入ってしまった。あれから60年年経っているのだから仕方がないのだけどね。人気グループではあったが今思うと全員が素人っぽくて、ガツガツしていなくて、懐かしき良き時代の歌手たちだったのだと思う。
コメント