鮮烈なデビューだった。1961年14歳の時にヘレン・シャピロの「子供ぢゃないの」のカバーでデビューした。その声量、パンチ力、歌唱力、リズム感。ゴムまりのように弾んでいた。翌62年には7枚のシングルを出し、「すてきな16才」「ヴァケイション」などがヒットした。当時全盛を極めていたマナセプロや渡辺プロの所属ではなかったと思うが歌番組を席巻していた。おまけに田辺製薬の「アスパラでやり抜こう」のテレビ広告が連日ヘビロテで流され弘田三枝子の顔を見ない日はないくらいだった。

同時期にデビューしライバル視されていた中尾ミエは事務所から弘田三枝子のようにパンチを利かせて歌えないかと言われたが、すごいパワーで彼女には敵わないとお手上げだったとコメントしていた。子供のころからかまやつひろしの父親であるティーブ釜萢にジャズを習い、米軍キャンプ巡りで歌唱力を培った。数年後にはヒット曲に恵まれないようになりジャズやR&Bを歌う機会が増えるようになる。1965年にはニューポート・ジャズ・フェスティバルに東洋人として初めて出演した。66年にはスイングジャーナルのジャズヴォーカル女性歌手部門でトップとなり5年間その地位を維持した。

1969年に「人形の家」で歌謡界にカムバックした。曲はオリコン1位となり同年のレコード大賞の歌唱賞も受賞した。同時にダイエットと美容整形により大幅なイメージチェンジをし、70年にはその経験を基に書いた「ミコのカロリーBOOK」がミリオンセラーとなりファッションリーダー的な存在となった。ただ中尾ミエによるときれいになってダイナマイト娘と呼ばれたパンチが急になくなったと評された。その後渡米、結婚、出産を経験し幅広いジャンルの唄を歌い続けた。テレビで姿を見る機会は減ったが、見るたびに容貌が変わり声量が落ちているように思われた。

私は当時テレビをあまり見なくなっていたが、たまに懐メロ特集番組で弘田三枝子を見かけた。色白で痩身、表情がなくなって人形のように見えた。歌唱には過去の面影は残っていなかった。ちょっと痛々しかった。2020年自宅で倒れ私と同い年の歌手は心不全で亡くなった。73歳だった。戦後世代にはアメリカンポップスはコニー・フランシス、日本でのカバーは弘田三枝子だった。あれだけの歌手は未だでていない。
才能にも恵まれていたが努力の人だったと思う。曲を憶える時やレコーディング時の準備はすごかったと聞く。根が真面目だったのだろう。それが自分が書いたダイエット本どうりの弘田三枝子で居つづけなければならないと思い込む原因ではなかったのだろうか。デビューしたあの頃のままでいてくれたら今でもパンチの効いたポップスや ジャズヴォーカルが聞けたのではないかと残念でならない。合掌。


同時期にデビューしライバル視されていた中尾ミエは事務所から弘田三枝子のようにパンチを利かせて歌えないかと言われたが、すごいパワーで彼女には敵わないとお手上げだったとコメントしていた。子供のころからかまやつひろしの父親であるティーブ釜萢にジャズを習い、米軍キャンプ巡りで歌唱力を培った。数年後にはヒット曲に恵まれないようになりジャズやR&Bを歌う機会が増えるようになる。1965年にはニューポート・ジャズ・フェスティバルに東洋人として初めて出演した。66年にはスイングジャーナルのジャズヴォーカル女性歌手部門でトップとなり5年間その地位を維持した。

1969年に「人形の家」で歌謡界にカムバックした。曲はオリコン1位となり同年のレコード大賞の歌唱賞も受賞した。同時にダイエットと美容整形により大幅なイメージチェンジをし、70年にはその経験を基に書いた「ミコのカロリーBOOK」がミリオンセラーとなりファッションリーダー的な存在となった。ただ中尾ミエによるときれいになってダイナマイト娘と呼ばれたパンチが急になくなったと評された。その後渡米、結婚、出産を経験し幅広いジャンルの唄を歌い続けた。テレビで姿を見る機会は減ったが、見るたびに容貌が変わり声量が落ちているように思われた。

私は当時テレビをあまり見なくなっていたが、たまに懐メロ特集番組で弘田三枝子を見かけた。色白で痩身、表情がなくなって人形のように見えた。歌唱には過去の面影は残っていなかった。ちょっと痛々しかった。2020年自宅で倒れ私と同い年の歌手は心不全で亡くなった。73歳だった。戦後世代にはアメリカンポップスはコニー・フランシス、日本でのカバーは弘田三枝子だった。あれだけの歌手は未だでていない。
才能にも恵まれていたが努力の人だったと思う。曲を憶える時やレコーディング時の準備はすごかったと聞く。根が真面目だったのだろう。それが自分が書いたダイエット本どうりの弘田三枝子で居つづけなければならないと思い込む原因ではなかったのだろうか。デビューしたあの頃のままでいてくれたら今でもパンチの効いたポップスや ジャズヴォーカルが聞けたのではないかと残念でならない。合掌。

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